次世代ハードウェア設計プロセス第5回 ヘッド・動弁系 動弁機構(バルブトレーン)の設計

2019.12.01

第5回は、エンジンの吸排気バルブを駆動する動弁機構全体について、ガソリンエンジンを例にハードウェアの技術ポイントや設計手法を解説します。エンジン特性に合わせて動弁型式を適切に選択し、シリンダーヘッド内に収納するためにコンパクトに設計することが肝要です。
カムシャフト等の主要構成部品については次回にお話します。

①動弁システム

 動弁システムの基本機能は、クランクシャフト回転に同期して、設計されたバルブリフトカーブ(弁揚程曲線)通りに精確に吸排気バルブを開閉させることです。エンジンの性能発揮のためにはバルブリフトカーブは重要な設計ポイントであり、吸入空気(体積効率)を増やし、残留排気ガス(掃気)を減らすために、リフト量(最大開き量)、開閉時期、オーバーラップ(吸排気バルブが同時に開いている期間)等の設定が鍵になります。

 動弁機構の基本型式は、OHV(Over Head Valve)、SOHC(Single Over Head Camshaft)、DOHC(Double Over Head Camshaft)の3種類です。
OHVタイプはシリンダーブロック内に一本のカムシャフトを配置し、プッシュロッドでロッカーアームを駆動します。ヘッド周りがコンパクトになりますが、プッシュロッドにより吸排気ポート等に制約があり、動弁系の等価慣性重量(バルブ軸に換算した動弁系重量)も大きく、高回転化には限界があります。
SOHCタイプはカムシャフトが1本で、部品点数も減りコンパクトになりますが、設計自由度には制約があります。
DOHCタイプはカムシャフトが吸排気各1本、計2本で、大型になり部品点数も増えますが、動弁系の等価慣性重量が小さく高回転対応が可能で、設計自由度が大きく可変動弁機構も装備しやすい構造です。
最近では、燃費規制の強化を背景に、エンジンには直噴(燃焼室内に直接燃料噴射する方式)や可変動弁機構が必要となり、より設計自由度の高いDOHCタイプが主流になっています。

初めに、エンジン特性に合わせて動弁型式を選定しますが、上記の理由でDOHCタイプがベースとなります。次に、最大出力を達成するのに必要な吸排気量を確保するため、必要なバルブ数とバルブ径を決定します。吸排気バルブはシリンダーあたり各2個、計4バルブで、ヘッドの両サイドに吸排気バルブを配置するクロスフロータイプが一般的です。なお、排気ガスは高温で排気抵抗が低いため、排気バルブは吸気側より少し小型のバルブ径に設定します。

出力よりも燃費を優先し、ロングストローク(クランク行程寸法がシリンダー径寸法より長い)を選定することが多くなり、直噴の採用も増加していますので、小型の燃焼室に吸排気バルブ、点火プラグ、燃料インジェクター、ウォータージャケット等を配置するためには大きな苦労が伴います。

基本的な機構レイアウトが完了してから、バルブリフトカーブを設計します。体積効率及び掃気効率を高めるためには吸排気バルブを急に開く方が望ましいのですが、慣性による衝撃力が増加して機構の耐久性に直接影響するため、衝撃を低減するように工夫されたポリダイン(弾性考慮)やポリノミアル(多項式)等の修正カーブが多く採用されています。さらに、バルブ開閉時には緩衝曲線部を設定して、衝撃力や騒音を低減する必要もあります。

次にバルブスプリングの荷重設定を行います。等価慣性重量に見合った荷重が必要で、スプリング荷重が不足すると、高回転ではバルブのジャンプ(リフトカーブから外れる現象)やバウンス(バルブが着座後に再度開く現象)が発生し、各部の破損につながります。機構設計段階で、等価慣性重量を極力軽量化すると共に、挙動安定化のために各部の剛性を高める必要もあり、これらはトレードオフとなるためベテラン設計者でも大変苦労するポイントです。

近年ではシミュレーション技術の進化で、基本設計段階で動弁系挙動を精度良く予測できるようになり、開発には不可欠なツールになっていますが、形状設計後の評価となるため、トライアンドエラーを未然防止することには限界もあります。今後は、MBD/MBSE手法を応用し1次元シミュレーションを導入して、動弁機構や構成部品をトライアンドエラーせずに、形状設計前に最適化できる手法も採用されていくと思われます。

吸気慣性効果により、エンジン回転数毎に最適な吸気弁開閉時期が変化しますので、最近は可変動弁機構の装備が増加しています。弁開閉時期を連続的に可変化する機構が一般的ですが、バルブリフトを可変化する機構も採用されています。両機構を組み合わせることで自在に開閉時期やリフトを連続的に可変させ、スロットル(吸気絞り)でのポンピングロス(吸入抵抗による損失)を減らして燃費向上を狙い、全域でノンスロットル(スロットルを開けた状態)運転を実現している例もあります。ただし、機構が複雑でコストも高額になるため、採用は限定的です。

次回は、ヘッド・動弁系の3回目として、動弁機構を構成する主要部品について解説します。強度や摩耗等の設計要件を満足した上で、軽量でコンパクトかつ高剛性に設計することが難しい部品です。