次世代ハードウェア設計プロセス第3回 主運動系 ピストン、ピストンリングの設計
第3回は、エンジンの基幹部の一つである主運動系の構成部品であるピストンとピストンリングについて、ガソリンエンジンを例に技術ポイントや設計手法を解説します。運転条件により、挙動、温度分布、潤滑状態等が複雑に変化するため機能設計や信頼性設計が難しく、設計手戻りが多い部品です。
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① ピストン
ピストンの基本機能は燃焼圧をクランクシャフトに伝達することです。運転中は常に燃焼による高温高圧にさらされるため確実な耐久信頼性が要求され、一方で運動部品であることから軽量化要求も厳しく、トレードオフを踏まえた最適設計が不可欠です。さらに、シール機能や音振動の観点から、ピストンリングと合わせて全運転域で安定した挙動制御が重要です。
ピストンの基本構造は、燃焼室を形成するヘッド部、コネクティングロッドに接続するピンボス部、シリンダーと摺動するスカート部、ピストンリング保持部から構成されます。
はじめに、挙動安定化のためピストンの基本設計を行います。設計ポイントは重心、コネクティングロッドと連結するピンの中心、スカート部の剛性、シリンダーとの隙間等で、これらの設計パラメータを最適化していきます。シリンダーとの摺動抵抗の低減を狙い、ピン中心をスラスト側にオフセットさせることもあります。最適設計には長年の経験や知見が不可欠でしたが、最近はシミュレーションの挙動予測精度が向上し、パラメータスタディによる感度解析も可能となり、設計の有力なツールになりつつあります。
次に、各部の詳細設計を行います。ヘッド部とピンボス部の設計ポイントは耐久信頼性です。燃焼解析結果を基にシミュレーションで温度や発生応力を計算し、温度特性を加味した材料疲労強度に安全率を確保した上で、限界まで軽量化していきます。そのためには、テレメータ装置等で実機ピストンの運転時の温度や応力分布を精度良く計測し、シミュレーションにフィードバックして予測精度を十分高めておく必要があります。
スカート部の設計ポイントは挙動の安定化です。軽量化を十分意識しながら、諸元(高さや幅)や剛性(肉厚等)を決定します。さらに、スカート部には縦横両方向にわずかな楕円形状を付与します。フリクション低減や油膜維持を目的に、表面には機械加工による条痕や二硫化モリブデン等のコーティングが施されることが一般的です。
リング保持部は複数のランド(突起部)とリング溝で構成され、設計ポイントはシール機能です。リングが機能を十分発揮できるように、ランドとリング溝の諸元を最適化します。最近では未燃ガス低減や軽量化要求によるランドの薄幅化が進み、ランドやリングの欠損、リング溝の摩耗等の耐久性課題が発生することが増え、必要に応じて溝部にアルマイト処理や耐摩環(ニレジスト鋳鉄)を鋳込む等の対策を施します。
ピストンがより高温となる高出力エンジンや過給エンジンでは、ノッキング抑制や耐久性向上のためにオイルジェットを採用し、ピストンヘッド部やリング保持部等の強制冷却を行うことがあります。さらに、ピストン内部に円環状の油路(クーリングチャンネル)を設け、内部のオイルの撹拌効果による冷却強化を狙うこともあります。クーリングチャンネルは暖機時に潤滑油温度を高めてフリクション低減にも効果が期待できるため、今後は運転条件によりオイルジェットを可変にする技術も必要になると思われます。
最後に、ピストンの一般的な材料と製法を紹介します。熱伝達性と軽量化のためにアルミ合金が採用され、重力鋳造で製造されます。合金設計は耐熱強度、耐摩耗性、低熱膨張を基に選定され、疲労強度や耐クリープ性を目的に熱処理が必須です。クーリングチャンネルは、一般的に塩製の中子を用いて鋳造した後、塩を溶出させて製造します。レースエンジンでは2分割して鍛造し、電子ビームで溶接してクーリングチャンネルを生成することもあります。
ピストンには高精度な機械加工が要求されます。ヘッド部は圧縮比安定化のため、形状精度やピン中心からの距離が厳しく管理されます。ピン穴部は高温となり潤滑状態も厳しく、かじり等を防止するため内面には油溝を設け、高精度かつ低面粗度で機械加工されます。
② ピストンリング
ピストンリングの基本機能は燃焼ガスや潤滑油のシールです。シール性能はリング張力(シリンダーへの接触力)を高めることで向上しますが、他方でフリクションが増大し燃料消費に悪影響を及ぼすため、リングの薄幅化、接触面の形状チューニング、表面処理等でシール性能を高め、低張力化を実現します。
一般的に、ピストンリングは3本で構成され、燃焼室側からトップリング、セカンドリング、オイルリングと呼びます。上部2本はコンプレッションリングとも呼ばれ主としてガスシール、下部1本は主として潤滑油シールを担います。
トップリングは高温で潤滑状態も厳しい条件で使用され、シリンダー接触面にはバレル形状が採用されます。車両減速等で燃焼室内が負圧になると、リングが浮き上がるフラッタリング現象によりブローバイガス(圧縮工程時に漏れた未燃ガス)の急増を招くため、リングの薄幅化等による軽量化が必要です。
セカンドリングはトップリングのフラッタリング抑制のため、上下ランド部の圧力調整(下側を低く) を担い、合口隙間を広めに設定します。潤滑油のかき落とし効果を高めるため、テーパ形状が採用されます。
オイルリングは潤滑油のかき落としを担い、追従性の高い低剛性リングを背面からエキスパンダーで押して張力を与える3ピースタイプが一般的です。他リングと比較してオイルリング張力は高くフリクション割合が
大きいため、燃費向上を目的に低張力化することが増えていますが、潤滑油消費量が増加するため、各パラメータの感度やSN比(ロバスト性)を踏まえた慎重な設計が必要です。
最後に、ピストンリングの一般的な材料と製法を紹介します。かつては鋳鉄製のリングが多用されてきましたが、シリンダー追従性を高めるために薄幅化等が進展し、剛性の高いスチール製リングが一般的になりました。表面処理もクロムメッキや窒化が主流でしたが、さらに耐摩耗性を高めるためPVD(物理的気相被膜)処理やCrN(窒化クロム膜)処理等が増加しています。
次回は、シリンダーヘッドと燃焼ガスをシールするガスケットについて解説します。ヘッドの熱疲労、バルブシートの摩耗、ガス漏れ等の耐久信頼性設計が難しい部品です。