第6回 マネージメントの醍醐味を知った部門長時代

2018.11.05

第6回は、私の部門長時代の体験談をお話ししたいと思います。
管理職の経験も浅く未熟な部門長として、大きな組織をマネジメントすることの難しさに悩み多くの失敗もしましたが、マネジメントの醍醐味を知った時期でした。

エンジン設計部門長に指名を受ける

担当していたエンジンの先行開発が完了して間もなく、エンジン設計部門長に指名されました。
複数の設計グループを束ねた大組織であり、グループのマネジメントとは異次元の難しさです。部門責任者として管理職を監督する立場ですが、年長や個性の強い管理職も多く、ホンダの資産としての彼らの力量を生かしながらマネジメントする難しさもありました。

部門長は組織の長として重い責任がありますが、それに見合った権限があります。
新任管理職や開発責任者時代に苦戦した経験を基に自分なりに対策案を描いており、これらを部門の施策として実現する絶好の機会でした。開発を支援する施策を着実に積み上げて、開発を軽くすることが狙いです。設計品質や設計効率を向上するために、基礎体力強化策として人材育成や設計プロセス標準化、設計力や技術力強化策として低炭素化や軽量化等の要素技術や劣化事象の耐久信頼性保証技術等が施策の柱です。

開発を支援する施策は苦戦した経験から

ところが、施策は明確になったものの現実は大変厳しく、必要な資源配分を行うことができませんでした。当時は、まだエンジンラインナップの一括刷新の途上です。新エンジン開発では目標未達成による開発手戻りが頻発し、開発日程の遅延も常態化していました。さらに新旧エンジン開発が重なり、開発現場は繁忙を極め慢性的な要員不足で、計画されたエンジン開発を期限までに完了することが難しい状況に陥っていました。

実行体制作りとマネージメント力

加えて、円高を背景としたコストダウンや開発効率向上のためのデジタル化等のトップダウン施策が本格化し、設計部門も施策の確実な実行体制作りを迫られた時期にも重なりました。
設計者の短期的な大幅増員は現実的ではなく、部門施策は止む無く優先度を下げ、エンジン開発やトップダウン施策を確実に実行可能とする組織変更を行うこととしました。これが功を奏し、部門全員の理解と頑張りにも支えられて、なんとか大波を乗り切ることができました。組織のアウトプット(成果)はインプット(投入資源量)に依存しますが、マネジメント力で大きな差が出るという現実を学びました。

一方、部門施策には十分な資源確保ができず、結果として中途半端となり大きな課題を残しました。設計プロセス標準化等の部門施策は、社内資源だけで推進すると様々な原因で停滞しやすいものです。私が支援開発という位置付けで、改めて着手できたのは10年以上経てからになってしまいました。
現在は自動運転や電動化が加速しており、開発現場は繁忙状態が続いています。前回もお話したように、皆さんにはコアである技術や商品に集中して欲しいと思います。そのためにも周辺作業は積極的に外部企業の力を借りて、施策を安定的に推進することをお勧めします。

設計者のモチベーション維持

このような繁忙な時期が続き、現場設計者のモチベーション維持には大変苦労しました。
彼らの最大の関心は開発負荷の高原状態がいつまで続くのかということでした。競争相手が多数存在する自動車業界では、必要に応じて商品ラインナップの変更や追加は避けられず、具体的な期限や計画を提示することには限界もあり、現場の不満を解消するには至らなかったことが大変残念です。

次回は、私の海外駐在時代の体験談をお話ししたいと思います。
海外研究所におけるパワートレインの部門長として、分化の違いや言語の壁に苦しみ、現地開発をしながら現地スタッフの育成と組織としての開発力強化に取り組んだ時期です。海外から日本を見つめ直す絶好の機会でもありました。

技術顧問プロフィール
1979 年:東京大学工学部機械工学科を卒業 本田技術研究所(四輪)に入社
2016 年:本田技術研究所を退社 技術コンサルティング会社を立上げ
2017 年:プログレス・テクノロジーズ社の技術顧問に就任